あはれ なり 意味。 枕草子『春はあけぼの』わかりやすい現代語訳と単語の意味 / 古文 by 走るメロス

あはれなるとあはれなりは違う意味ですか?あはれなるは気の毒な...

あはれ なり 意味

まず述べたいことは、「げにあはれなり」という言葉だけでは、どういう場面や状況で使われているのか、コンテクスト(文脈)が欠けているので、何を意味しているのか明確には分からないということです。 ここは、「文学・古典」カテゴリーですから、「文学や古典」ということが唯一分かるコンテクストです。 「げにあはれなり」は日本語ですから、日本の文学・古典に関連した質問だというコンテクストが分かります。 しかし、それ以上になると、詳細が不明です。 まず、「あはれなり」という形容動詞ですが、これは古語辞典で見てみると、平安時代の中古文で、すでに次のような意味を持って使用されていたとされます。 (用例として、すべて『源氏物語』の巻が挙げられていますから、紫式部の書いた作品のなかで、すでに、以下のような大まかな七つの意味があったということになります): 1)しみじみとした心理。 心を動かされる。 2)しみじみとした心理。 風情・趣がある。 3)情が深い・情が細やかだ。 4)可愛い・いとしい。 5)悲しい・寂しい。 6)尊い・ありがたい・優れている。 7)かわいそう・気の毒だ。 現代日本語では、7)の意味で主として使われます。 1から6までのような意味があるというのは、古語での用法を知っているか、間接的にそのような用例を現代語で見たり、読んだ場合に、そういう意味があると分かります。 上の七つのうちのどれなのか、文脈(コンテクスト)がないと実は分かりません。 ただ、この質問の場合、「げにあわれなり」と云う形で、「げに」という強調のニュアンスを持つ言葉と共に使われています。 「げに」というのは、漢字では「実に(げに)」と書き、これは現代日本語では通常、使用されません。 明治、江戸時代以前に使われていた言葉です。 「げに」は、知識などが妥当性を持っていたことを知って「なるほど」とか「その通りだ」という、納得が行った心境を表現するのに使われます。 また、その納得に「感動」のような強い心理が伴う場合、「なるほど、まことにその通り」とか「いかにも、その通り」のように、感動や強調のこめて「納得が行く」という心理を表現するのに使われます。 この「げに」という言葉も平安時代にすでにあり、『源氏物語』の巻が用例として出ています。 もっとも単純に考えると、「げにあはれなり」は、「まことに趣がある、本当にしみじみとした風情がある」というような意味かとも思えますが、文脈によって、上の七つの用例のどれかかも知れないです。 「本当にかわいそうだ」という意味かも知れない。 「げに」という言葉は、すでに述べたとおり、現代語では一般に使われていません。 しかし明治や大正時代には使われていて、擬古文や翻訳に使われている場合は、「本当にかわいそうだ・哀れだ」というような意味の可能性の方が高いと思えます。 ------ 以上の説明で、「げにあはれなり」の意味を、包括的に説明したことになります。 あとは、何時の時代の、どんな文書で、どういう文脈で出てくるかが分かると、ほぼ意味が明らかになります(その場合でも、文脈の解釈で、意味が単一に収束しない場合があります。 また作者が意図的に、複数の意味に読み取れるように文章を書いている場合もあります)。

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複数の意味を持つ『いとをかし』と『いとあはれ』の意味一覧《原文/訳付き》

あはれ なり 意味

「あはれなる」と「あはれなり」は、同じ意味だよ。 活用形が違うだけなんです。 「きれいだ」という言葉は、 1、「バラはきれいだ。 」といっても、 2、「バラが咲いたらきれいだろうな。 」といっても、 3、「バラがきれいに咲いた。 」とか「バラはきれいである。 」か「バラがきれいだった。 」とかとかいっても、 4、「きれいなバラが咲いた。 」といっても、 5、「バラがきれいならば、チューリップだってきれいなはずだ。 」といっても、 「きれいだ」という言葉が表している意味は変わらないでしょう? とにかく全部、「見た目が美しい」という意味だよね。 「きれいだ」という言葉は、「形容動詞」といって、 ものの様子や状態を表す言葉なの。 この品詞は、後にどんな言葉がくるかによって、 ことばの終わりのところの形がかわるんだよ。 1の「きれいだ」は、形容動詞「きれいだ」の「終止形」と言います。 終止形は、基本形ともいって、その言葉の「言いきりの形」です。 2の「きれいだろ」は、形容動詞「きれいだ」の「未然形」と言います。 例文のように、推量(予想)を表す「う」などの上にくるとき、この形になります。 3の「きれいに」や「きれいで」や「きれいだっ」は、形容動詞「きれいだ」の「連用形」と言います。 例文のように、動詞など「用言」と呼ばれる品詞の上にくるときや、過去を表す「た」の上にくるときなどに、この形になります。 4の「きれいな」は、形容動詞「きれいだ」の「連体形」と言います。 例文のように、名詞(=体言)の上にくるときなどに、この形になります。 5の「きれいなら」は、形容動詞「きれいだ」の「仮定形」と言います。 例文のように、仮定(今はまだそうじゃないけれども、仮にそうだと決める)を表す「ば」の上にくるとき、この形になります。 このように、「きれいだ」の後にどんな言葉が続くかによって、 「きれいだ」という基本形は、 「きれいに」になったり、「きれいな」になったり「きれいなら」になったり、 ことばの終わりのところが変わるよね。 こういうことを、「活用」する、というのです。 さて、「あはれなり」は、古語の形容動詞です。 これも、現代語の形容動詞と同じように、「活用」するんだよ。 「あはれなり。 」となっていたら、「あはれなり」は「終止形」、 「あはれなりけり。 」などとなっていたら、「あはれなり」は「連用形」。 「あはれなる名詞」となっていたり、 係助詞の「ぞ」「なむ」「や」「か」が上にあって係り結びの法則が使われていたりしたときなどにこの形になり、これは「連体形」です。 でも、どの形になっていても、「あはれなり」の意味は変わりません。 現代では、「あわれだ」と言ったら、 「かわいそう」とか「気の毒」とかの意味にしか使わないけれど、 古語では、「あはれなり」という言葉の守備範囲はずっと広くて、 なんとなくしんみりした情感をもよおすことについて、広範に表現する言葉なんだよ。 だから、文章の内容をよく読んで、 そこはどんな意味で「あはれなり」が使われているかをよく考え、 「気の毒」だと訳したり、「しみじみと趣深い」と訳したり、 「感動的だ」と訳したり、色々に訳し分けしなければならないのです。 「美しい」などと訳してもいいこともあるよ。 「あはれなり」をどんなふうに訳すかは、訳す人のセンスの問われるところ。 君も、その文脈にぴったりの訳し方を考えて、カッコイイ訳を作ってごらん。

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【あはれなり】の例文集・使い方辞典

あはれ なり 意味

現代語訳(口語訳) 春は夜がほのぼのと明けようとする頃(が良い)。 (日が昇るにつれて)だんだんと白んでいく、山際の辺りがいくらか明るくなって、紫がかっている雲が横に長く引いている様子(が良い)。 夏は夜(が良い)。 月が出ている頃は言うまでもなく、(月が出ていない)闇夜もまた、蛍が多く飛び交っている(様子も良い)。 また(たくさんではなくて)、ほんの一匹二匹が、ぼんやりと光って飛んでいくのも趣がある。 雨が降るのも趣があって良い。 秋は夕暮れ(が良い)。 夕日が差し込んで山の端にとても近くなっているときに、烏が寝床へ帰ろうとして、三羽四羽、二羽三羽と飛び急いでいる様子さえしみじみと心打たれる。 言うまでもなく雁などが隊列を組んで飛んでいるのが、(遠くに)大変小さく見えるのは、とても趣があって良い。 すっかり日が落ちてから(聞こえてくる)、風の音や虫の鳴く音などは、言うまでもなく(すばらしい)。 冬は早朝(が良い)。 雪が降(り積も)っているのは言うまでもなく(素晴らしく)、霜が(降りて)とても白いのも、またそうでなくてもとても寒い(早朝)に、火などを急いでおこして、(廊下などを)炭を持って移動するのも、たいそう(冬の朝に)ふさわしい。 昼になって、生暖かく(寒さが)だんだんとやわらいでいくと、火桶に入った炭火も白い灰が多くなっているのは(見た目が)よくない。

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