ここ から 三原 駅 まで。 さざなみ海道:三原→竹原・憧憬の路

三原~西条[四日市宿]間 (山陽道(西国街道))

ここ から 三原 駅 まで

広島県最東端の駅• 通学客で朝はごった返す。 銀河学園(小中高)、英数学館(小中高)。 ランドセル背負った小学生がぎゅうぎゅうの電車から吐出されてくる。 最大カント(線路の傾き)の駅らしい。 この駅を(岡山方面へ)過ぎると田んぼが広がる中を延々進む。 広島方面東福山駅まで4km、岡山方面笠岡駅まで8km。 いつの間にか3本あった線路が2本へ。 路線 - 山陽本線• バス - 中国バス 東福山駅の噂 [ ] 所在地:福山市引野町• 大阪あるいはもっと東から新幹線で福山駅まで来た乗客から徴収する1駅運賃は、この駅の貴重な財源である。 パンタグラフを降ろし、しばし休息してる機関車桃太郎を見かける。 地味に需要が高く、快速サンライナーが停車する。 路線 - 山陽本線• バス - 井笠バス 松永駅の噂 [ ] 所在地:福山市松永町• 市の代表駅だったことがあるが、今ではその貫禄はない。 路線 - 山陽本線• バス - トモテツバス おのみちバス 東尾道駅の噂 [ ] 所在地:尾道市高須町• 平成新駅だからか、ステーションカラー ピンク を設定しているようだ。 地名の高須を使わなかったのは広電と駅名が被りたくなかったためらしい。 路線 - 山陽本線• エレベーターをつける工事実施中 もう終わった? できたみたいです。 駅前再開発で雰囲気が変わった。 でも、しばらく歩くとやっぱり尾道。 特に土堂• 3番のりばは花火大会の時ぐらいしか使わない。 最近ではラ・マル・ド・ボァや瑞風といった観光列車も利用してる。 北口は駅舎がある割にガードが手薄。 朝ラッシュ、昼、夕方しかいない。 北口の自動改札機は集札が出来ない。 昔は一番北のホームが1番線だったのに、いつの間にか変わっていた。 尾道市の中心部からはややずれている。 尾道港の目の前につくったため。 つまり瀬戸内海の離島への玄関口。 今ではしまなみ海道ができたためバスも多くなった。 乗り入れバス会社が多いのはそのため。 路線 -• 500系「のぞみ」が時速300kmで通過するのを見ることができる、数少ない駅。 そのため隣の三原駅まで約2分で通過する。 駅を出たときの光景にびっくりする。 「尾道らしさ」は微塵もない。 元々は駅を作る予定ではなかった場所だから。 募金の取立てが回ってきて、車にはステッカーの掲出を強制された。 になった。 南口に変な立体彫刻がある。 尾道市街へは尾道市営バスか中国バスでどうぞ。 桜土手経由、栗原長江循環のどれでも行けます。 東広島駅同様、新幹線の単独駅である。 新尾道にひかり停車復活!! と思いきや、一つ 東京行 は三原・名古屋間各駅停車で、もう一つ 新大阪行レールスター は広島・岡山間各駅停車orz• 三原始発の16両こだまが新大阪でひかりになるというだけ…• レールスターも相生と西明石を通過するだけで実質こだま。 第一今レールスターじゃねえじゃん。 最近、2階の土産物屋さんがパワーアップした• 北口に「男たちの大和自動販売機」がある。 昔々は現在の中国バスである私鉄の駅が近隣にあった。 駅前は開業時から悲しいくらい変わらず何もない。 駅中の申し訳程度の喫茶店が唯一の生命線。 ・・が、喫茶店はなくなって自動販売機コーナーに変身。 少し歩けばラーメン屋などがあるが、駅前に降り立つと絶望して歩みを踏み出せない。 尾道へ行くのに、この駅を使うよりも福山で乗り換えたほうが便利なことが多い。 某アニメ 注・尾道が舞台です では主人公が尾道入りする際には福山から山陽線に乗り換えてやってきたという…。 尾道鉄道が残っていたらなぁ・・・。 山陽新幹線の請願駅の中でももっとも存在意義が問われる駅である。 尾道市のアキレス腱と言われることさえある。 尾道市街へは西から来ようが東から来ようが在来線と接続がある三原駅か福山駅のほうが遥かに便利。 あまつさえ、三原からも福山からも異常に近く、在来線と接続がない上、バスすらろくな路線網がない。 東広島、新岩国(請願駅ではないが)はまだ東西隣接駅からそれなりに距離があるのに……• 一応、では尾道市内に駅を設ける予定だったので、そういう歴史的正当性? はあるが…• 路線 -• との境界であり、利用客は少ないが運行上重要な駅。 岡山方面から三原駅まで行かずに糸崎駅止まりの列車があるのはこのため。 糸崎・三原間運転のチョン行列車があるのも同じ。 主要駅なのにトイレは汲み取り式。 尾道駅と三原駅の間にある唯一の駅。 昔は三原駅だった。 尾道市民は広島から帰るときに糸崎止まりで岡山方面の連絡がないとげんなり。 糸崎-尾道間って1駅だけど、むちゃくちゃ遠いよね。。。 終電でもない限りあるでしょ!• 本郷や西高屋を利用する尾道以東の学生は岡山行きを捕まえるのに必死。 三原市いと「さ」きにあるいと「ざ」き駅。 いと「さ」きになったのは2006年夏。 それまではずっといと「ざ」きだった。 はやぶさの停車駅ということはあまり知られていない。 当時のブルトレには電源車を兼ねた荷物車が連結されており、大阪で印刷された全国紙を運んできてた。 下り列車の場合、前後に荷物車がない14系の「さくら」「みずほ」が走り、荷物車が連結されている「はやぶさ」が、関西と広島間の新聞輸送を担ってた。 なので他の東京発ブルトレが通過してた三ノ宮に停車し、神戸新聞社発行のスポーツ紙 デイリースポーツ の広島版を積み込んでた。 余談だが、四国の西部南部方面向け全国紙は、一足早く急行「雲仙・阿蘇」に積み込まれ、岡山から宇野線、宇高連絡船と積み替えられ、高松からは日付が変わった0時台に出発する、宇和島行の夜行急行「うわじま1号 八幡浜から普通列車 」や、中村行の夜行普通列車731Dに、それぞれ連結された荷物車へ積み込まれた。 愛媛、徳島西部、高知では主要駅に着くたびに新聞の束が降ろされ、販売店のバンで引き取られていった。 このような性質の列車だったためか、普通731Dは土讃本線の小駅を通過する快速ぶりだった。 大阪駅の神戸寄りホームには、19時すぎあたりから翌日の全国紙朝刊が運び込まれ、中国四国方面へ向けて発送されていった。 愛媛や高知向けの全国紙は早い時間に印刷されるため、プロ野球ナイターの結果が載っていなかった。 1980年代になると、紙面をコンピューターで作成出来るようになる。 紙面内容を地方に設置した印刷工場へ電送し、現地で印刷するようになり、地方の全国紙でも大都市圏と変わらない、新鮮な記事が読めるようになった。 また工場からの配送も、高速道路網の整備が進み、トラック輸送に取って代わられた。 「はやぶさ」が当駅に停車しなくなったのも、この頃からである。 路線 - 山陽本線• 16両こだまの最西端の駅 でした。 2007年7月ダイヤ改正で16両こだまはまで延長。 在来線の列車接近放送が詳細放送になっていたり、ホームにある時刻表の広島方面の列車が快速種別ごとに色分けしてカラフルになっていたり。 ここから広島支社だという実感はする。 2008年3月のダイヤ改正で三原発東京行きが新設される。 新幹線ホームから降りる場合、自動改札を2回通らなければならない。 熱海も同じである。 大宮も• 南口の広島もやね。 福山もね。 新幹線ホームは開業当初から高架だが、在来線ホームは後から高架になったから。 隣同士で離れていないだけいいよ。 国鉄時代に開業した新幹線駅は基本的にこの構造。 やが開通する前はこの駅がへの近道だった。 しかし今では・方面への船は廃止されたため、過去の賑わいはなくなった。 しまなみ海道開通時に今治への高速バスも作られたが渋滞等もあって数ヶ月で廃止に・・・。 城跡の上に建っている。 福山もじゃない?• いや、三原は城跡同化している。 もはや駅が城跡。 下りは30分に一本、上りは半分が次の糸崎止まりなどどうにもダイヤに恵まれない。 現在接近メロディーで、「かもめの水兵さん」が流れている。 2019年春のダイヤ改正に伴い、呉線、可部線とここから岩国駅間の山陽本線はオール227系が運用される事になった。 路線 - 山陽新幹線、山陽本線、• 2009年に駅舎が改築され半橋上駅に。 それに伴い上り方面ホームの一部がやたらと狭くなった、ラッシュ時は若干怖い。 一番線が下りで三番線が上り、二番線は中線扱い。 昔は三原方面への折り返しがあった。 総合技術高校が目と鼻の先にある。 工業団地の開発やベッドタウン化も進んでおり利用者数は増加傾向にある。 本郷~河内間で広島空港大橋を潜る。 路線 - 山陽本線• バス - 芸陽バス 福塩線 [ ] 備後本庄駅の噂 [ ] 所在地:福山市本庄町中• ICOCA導入時に駅舎を建て替えたのに、なぜかJRマークがない。 もっとも旧待合室がボロ過ぎたから変えるのは当然と言えばそうなのかもしれないが。 路線 - 神辺駅の噂 [ ] 所在地:福山市神辺町大字川南• 福塩線と井原線、それぞれに駅舎がある。 ご丁寧に乗り換え口まで設置している。 そんなに利用の多い駅ではないのに。 でも両線は直通運転しているため、福塩線ホーム発着の井原線がある。 福塩線ICOCA最北端の駅。 路線 - 福塩線 井原線• バス - 井笠バス 万能倉駅の噂 [ ] 所在地:福山市駅家町大字万能倉• 駅名が読みにくい。 地味に当駅発着列車がある。 でも分かりにくいという理由で減らされてしまった。 路線 - 福塩線• バス - 中国バス 駅家駅の噂 [ ] 所在地:福山市駅家町大字倉光• 平成の大合併前の駅家町の中心駅だが、1面1線しかない。 路線 - 福塩線• バス - 中国バス 近田駅の噂 [ ] 所在地:福山市駅家町大字近田• 待合室を使わせる気がない。 なぜかホームから階段を数段降りたところにある。 しかも駅入り口のスロープ横でスロープからは入れない。 全然近くない。 駅名に偽りあり。 路線 - 福塩線 府中駅の噂 [ ] 所在地:府中市府川町• 地方交通線の中間駅のくせに、2面4線もある。 しかも系統分割を行っているためフル稼働。 路線 - 福塩線• バス - 中国バス 備後三川駅の噂 [ ] 所在地:大字伊尾字的場• 世羅町唯一の駅。 でもほとんどの町民は使用しない。 だって町中心部から離れすぎているから。 そして町の中心部に行く公共交通機関は高速バスのみ。 路線 - 福塩線• バス - 中国バス 高速バスだが一般道乗降可能区間内 上下駅の噂 [ ] 所在地:府中市上下町上下• 上下と言うだけあって、上下の列車が交換するのはたいていここ。 駅舎の看板はひらがなが大きい。 しかも「えき」まで書いてあって違和感MAX。 漢字だと違和感が出ないのに…• 路線 - 福塩線• バス - 中国バス 庄原市地域生活バス 吉舎駅の噂 [ ] 所在地:三次市吉舎町三玉• 福塩線非電化区間で一番利用の多い駅。 当駅始発の列車を設定していたほど。 ただし吉舎の中心地からやや離れているので、バスで三次に出る人も多い。 路線 - 福塩線• バス - 中国バス 十番交通 三次市民バス 三良坂駅の噂 [ ] 所在地:三次市三良坂町三良坂• 塩町や吉舎と比べると利用は半分もいない。 なので1面1線。 その割に駅舎は立派。 路線 - 福塩線• 三次市の代表駅で、の中核的存在。 芸備線・・が乗り入れる。 でも、芸備線広島行き以外は利用者が少ない。 特に三江線の需要の無さは異常だろう。 三江線はJR西日本だから持っているのだろう。 JR四国とかならとっくに廃線だと思う。 そしてついに消えてしまった。 江の川に沿ってるから大迂回ルート 「へ」の字 となっている。 利用者が少ないのも納得。 利用者はどっちもどっちと言ったところだろうか。 気動車とバス• ついに急行がなくなった…• なんかとそっくりやね.違いは大阪行き高速バスの本数ぐらいか...• 広島行き高速バスの本数はこっちが圧倒的に多い。 ちなみに大阪行きの高速バスは三次駅前には停まらず、駅から程近い三次バスセンターに停まる。 広島行きも駅前に停まらない便が多い。 ここに車いすで行くと・・・大変、駅員同伴で一度駅を出て、構内を無理矢理渡って三番線にいかなければならないから。 最近、駅周辺の改良工事があったが、駅ホームに向かうエレベーターを作らすに、駅をまたぐ陸橋を作ってしまったらしい。 駅前が以前と比べてかなりすっきりした感じになった。 駅舎内もキオスクがなくなってセブンイレブンが入ってる。 また、場所がちょっと出入り口付近の方に変わってる。 三次市内だが三次地区ではなく十日市地区であり、駅名もかつては「備後十日市」だった。 三次地区には尾関山駅があったが、路線ごとなくなった。 路線 - 芸備線• バス - 備北交通 中国バス 塩町駅の噂 [ ] 所在地:三次市塩町• 芸備線と福塩線が分岐するためだけの駅。 別に周りが発展しているということはない。 路線 - 芸備線 福塩線• あからさまに駅名標がミス 上のテンプレで再現。 ここは しもわち、隣は しおまち。 ややこしくないのだろうか。 路線 - 芸備線 備後庄原駅の噂 [ ] 所在地:中本町・東本町• 庄原市の代表駅だが、寂れている。 みどりの窓口は無いし、駅員も委託されている。 需要の割に駅舎は大きく、ホームも長い。 かつて急行が停車していた名残だろう。 駅舎の半分が託児所だが。 利用者は地元の高校生くらい。 広島方面は高速バスが充実しているので、そっちに流れる。 備北交通のバスセンターが駅からすぐの所にあり、バスセンターにのみこまれている。 というか、広島駅への直通列車、ほとんどないよね。 2019年には芸備線全線運転再開祝いで快速列車の延長運転は行ったが…• なんと到着放送とメロディ導入。 いや、メロディー導入は三次まで。 庄原は違う。 備後西城でも接近メロディが流れていたからここでも流れてるはず• 国鉄書式 書体ではない の駅名標がある。 路線 - 芸備線• バス - 備北交通 庄原市営バス 比婆山駅の噂 [ ] 所在地:庄原市西城町大屋• 比婆山の最寄り駅は当駅ではなく木次線油木。 比婆山温泉の最寄り駅も当駅ではなく木次線油木。 油木駅から見て比婆山と比婆山温泉は真反対の方向にあるにもかかわらず。 日本一寂れたターミナル駅。 過疎とは何か、ローカル線の衰退とは何かをひしひしと感じられる。 草ぼうぼうの引き込み線と朽ちた転車台がかつての栄華を偲ばせる・・・。 秘境にある。 この駅の昔話を語っても若い人はたぶん信じてくれない。 急行どころか夜行列車も停まっていた・売店や立売があった・おでんうどんという名物があった・駅前に旅館があり、乗り換えの際仮眠に使っていたetc... 記憶が正しければ現在は廃業し廃墟になってます…• 実は国道もこの近くで鉄道と同じように三方向に別れている。 その分岐の近くにあるドライブインおちあいでは冬場おでんうどんを食べられる。 駅前にはバス停があり、実際にバスもやってくる。 平日だけ。 実は3つの支社の境界駅になっている。 芸備線新見方面:岡山支社 芸備線広島方面:広島支社 :米子支社• 車いすで乗り換えるときは、要事前連絡。 路線 - 芸備線 木次線 東城駅の噂 [ ] 所在地:庄原市東城町川東• 旧東城町の中心駅で、かつては広島に向かうお客で賑わっていたらしく、ホームも非常に長い。 大昔に走っていた急行の名前が、ホームに残っている。 今も広島に向かう客で賑わってるぞ。 ・・・乗るのは バスだけど。 駅の構造としては2面2線の対面式ホームだが、跨線橋が老朽化で使えなくなったため修繕せず棒線駅にしてしまった。 駅の事務室は、今は塾の教室になっているらしい。 備後落合側は線路の両側を同じ会社の工場が挟んでいるため、工場の敷地内を走っているような気分になる。 路線 - 芸備線• バス - 備北交通 中国バス.

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山陽道17尾道〜三原

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2014年9月24日 三原駅(山陽新幹線)・・三原城船入櫓跡・聖トマス小崎少年像・・旧藩校明善堂跡・・本丸中門跡・・臨海一番櫓跡・・三原港・・大師堂・・甚五郎神社・・ヘビ石(西野川)・・臥龍橋(西野川)・・・西浜むかし町・・(JR線)・・西大手門跡・・桜橋(河原谷川)・・成就寺・・ 妙正寺坂・・本町中央公園・・大島神社・・峠の地蔵・ 阿房坂・・明真寺・・ 宗光寺坂・・鍵型小路・・香積寺小路・・香積寺・・極楽橋跡(恵下谷川)・・一畑薬師堂・・大善寺小路・・浄念寺・・舩木邸・・山陽道・・順勝寺・・三原城西惣門跡・西之宮一里塚跡・・三原八幡宮・・(宮浦橋)・・・法常寺・・・八 阪 神社・・・梅観橋(西野川)・・・(山陽新幹線・山陽本線)・・・頼兼公園・・・備後・安藝国境石・・・定屋大橋北詰交差点・国道2号・・・旧道・・・(三原バイパス)・・・(木之浜一里塚跡)・・・新橋(本谷川)・国道2号・・・七宝橋北詰交差点・・旧道・・・伯母ヶ崎第一踏切(山陽本線)・・・八重神社・・・長谷宮第5踏切(山陽本線)・・・長谷橋(仏通寺川)・・・国道2号・・・納所(のうそ)橋北詰交差点・米山寺道標・・・旧道・・・吉国神社・・・(県道50号)・・・ 本郷宿・・西念寺・・三界萬霊地蔵・・仏通寺道標・・恵美須神社・・国行第2踏切(山陽本線)・・本郷宿御茶屋本陣跡・・・本郷駅(山陽本線) 山陽道の続きを三原宿から山口県岩国市の御庄宿まで行く。 台風16号の接近で今日から明日にかけて雨になるらしいので、難所の瓦坂峠と松子山峠を越える行程を前日(23日)にこなし、今日は三原城下周辺を散策してから山陽道を本郷宿へと向かった。 *『()』の続きです。 【】(本郷駅(19km地点)まで) 写真をクリックすると拡大します。 三原城船入櫓跡 《》 往時は海だったが今は水堀になっている。 かつての規模は、櫓台石垣の高さ4間 7. 2m 、船入りの幅12間 21. 6m 、広さ20間 36m 、深さ1丈 3m だったそうだ。 少年像(船入櫓の東側) の一人。 長崎の西坂に日本二十六聖人殉教碑がある。 『』 碑文 旧藩校明善堂跡 《》 本丸中門跡 《》 南側に「臨海一番櫓跡碑」が立つ。 三原港 向田港行のフェリーが出港した。 (正面奥) 甚五郎神社 《》 左甚五郎に縁のある神社と思っていたが、干拓工事の人柱にされた哀れな甚五郎さんだった。 左奥が何代目かの甚五郎松だろう。 説明板 ヘビ石 《》 江戸時代に西野川の中に作られた石の導流堤。 水尾(みお)と呼ばれていた。 石積みが蛇のウロコように見えるのでこう呼ばれた。 臥龍橋を渡って「西浜むかし町」へ向かう。 西浜むかし町の土蔵(勝村商店) 《》 なまこ小路 がんぎ通り 右が勝村商店 三原駅の北側に出る。 西大手門跡 《》 電柱の前に「三原城 西大手門跡」の標柱。 ここは山陽道沿いではない。 清水歯科醫院 レトロチックな歯医者さんだ。 桜橋(河原谷川) 《》 往時の風景は薄れてしまったようだ。 成就寺 人形浄瑠璃の黄金時代を築いたが断継の名で修業した寺。 説明板 淡島神社は境内社 説明板 旧家 妙正寺坂を上る。 《》 三原城天守台跡・瀬戸内海方向(坂の途中から) さらに瀬戸内海の島々から遠く四国連山まで見える眺望絶景の地と言うが今日は無理だ。 妙正寺 三原城主浅野家(元和5年(1619)、福島正則が改易となった後、紀伊和歌山藩主浅野長晟の一門で筆頭家老の浅野忠長が紀伊新宮より入った)の菩提寺として、延宝2年(1674)東町米田山の麓に創建されが、当時の山陽道から墓が下に見えるという理由により現在の地に移された。 現在の地は城と城下を眼下におさめられる要所で、敵が占拠した場合、戦略上不利益になると反対があったという。 説明板 大島神社参道 由来書 峠の地蔵 《》 大島神社参道下の阿房坂の坂上で、峠状になっている。 NHK大河ドラマで、『』が夫のの無事を祈った「峠の地蔵」だそうだ。 主演の大原麗子も佳人薄命だった。 寂しく悲しいねえ。 阿房坂 峠の地蔵から東に下る坂。 西へ下る阿房坂。 秦の始皇帝のに由来? どこを阿房宮に見立てたのか? 坂標には「中世 山陽道説あり」と記す。 宗光寺坂を上る。 宗光寺山門(境内から) が築いたの城門をここに移築したとされているが、説明板には「が現在地に新築した可能性が高い」と書かれている。 説明板(山門) 説明板(吉田石痴) 幕末に山陽路で初めて三原地方の人々に種痘を施した医者。 鍵型小路を曲がる。 《》 香積寺小路を北に向かう。 入口の民家の「笑うブロック塀」 香積寺・極楽橋跡標柱 《》 明応3年(1494)、小早川十四代興平の誕生祈願により、高坂町の高山城北麓に建立。 文禄2年(1593)、三原城築城に伴い現在地に移される。 その際、本尊の十一面菩薩観音像も移そうとするも、石のように重くなり、移すことができなかったことから、高坂町にある同名の寺となったという。 恵下谷川 ここに極楽橋が架っていたのだろう。 右が油屋小路・左が河原小路だが、今は小路風情はない。 大善寺小路を下る。 《》 三原で一番長い小路で、左の浄念寺は童謡詩人・作詞家のの生誕地で境内に碑が立っている。 順勝寺山門 《》 14の城門の一つの御作事奉行所門を移築。 説明板 三原城西惣門跡 《》 少し先の道の向い側に「西之宮一里塚跡」標柱が立つ。 法常寺 竹原小早川氏の菩提所。 小早川隆景が死去したとき葬儀が行われ、この境内において火葬された。 境内の右手に隆景の小祠がある。 宮浦橋を渡らず右折し、八阪神社の先で梅観橋を渡り、三原バイパス沿いを進み、山陽新幹線・山陽本線をくぐって行き、頼兼公園沿いを過ぎて行く。 備後・安芸国境石 《》 右は明治11年のもので、「従是東 備後國 従是西 安藝國」、 左は大正3年のもので、「従是 東備後国御調郡西野町 西安芸国豊田郡長谷町」らしい。 定屋大橋北詰交差点で国道2号に出て右折する。 右に旧道に入る。 《》 前方の三原バイパスをくぐり、国道2号と山陽本線の間を西に進み、新橋(本谷川)で国道2号に出た。 この間の道筋ははっきりしない。 途中に「木之浜一里塚跡」の標柱が立っているようだが見逃した。 一本南側の道沿いかも? 七宝橋北詰交差点の先で右に旧道に入る。 伯母ヶ崎第一踏切(山陽本線)を渡って長谷(ながたに)地区に入る。 刈入れ前と刈り取られた田んぼの間を行く。 八重神社境内で一休み。 《》 参道は山陽本線で分断されている。 長谷宮第5踏切(山陽本線)を渡る。 長谷橋を渡り、仏通寺川沿いを行く。 《》 再び国道2号に出て、沼田(ぬた)川沿いを進む。 米山寺(べいさんじ)道標 《》 「川向 」で沼田川を渡った南の1. 5kmくらいか。 小早川家の菩提寺で、隆景の墓もある。 すぐ先で右斜めに旧道に入る。 右側に3体の石地蔵?とその先に吉国神社がある。 《》 県道50号を横切って本郷宿へと入った。 西念寺 《》 三界萬霊地蔵(天保6年(1835))・西念寺の向い側) 酒店 本郷宿の家並み 右にカーブする角に道標 道標(文化6年(1809)) 《》 はかなり遠い。 《》 稲荷社はどこか? 恵美須神社 鳥居の扁額には2匹の鯛が腹を付き合わせている。 本郷醤油醸造 御茶屋本陣跡 《》 広島藩主の別荘を本陣にあてたという。 山陽道からは少し離れている。

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山陽本線笠岡駅〜三原駅〜呉線安芸幸崎駅

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山陽本線笠岡駅〜三原駅〜呉線安芸幸崎駅 2013年3月5日 火曜日 笠岡駅 安芸幸崎駅 幸崎〜忠海 黒滝山 芸陽バス 三原駅 笠岡駅 三原市幸崎町能地 9:23 10:35 13:03 13:36〜14:15 14:40 15:33 今日はここに行く。 ここで用事(電車の写真を撮る)を済ませてから 行くついでに山にも登る。 そうゆう予定。 この場所は ポスターやカレンダーや観光本や週刊誌のグラビアなどによく載っている。 しかも笠岡から遠くない。 行ってみよう。 ではここは何処かと言えば・・? 呉線(安芸幸崎駅〜忠海駅間)とだけ記載されている。 まあ、場所はそれだけ分ればじゅうぶんだ。 いってみよう幸崎駅へ! 笠岡駅から下りの電車に乗る。 三原駅で降りて、 呉線に乗り換える。 呉線は単線。 しかもカーブが多い、海岸線が多い、国道と並行が多い、トンネルが多いという特徴がある。 その事は、 景観に恵まれていることも意味する。 三原を出た電車の最初の駅は須波。 名勝・筆影山の麓。 笠岡から安芸幸崎の路線図。 呉線とは海田市駅から三原駅までであるが、実態は広島駅〜三原駅。 以前は広島駅〜糸崎駅だった。 笠岡から出発した場合直通では行けない。 糸崎または三原で呉線に乗り換える。 料金は笠岡〜幸崎間950円。 須波駅を過ぎると、 須波海浜公園。 すぐに、「みはらし温泉」。 鉄道・国道・海が並ぶ呉線らしい車窓風景。 幸陽船渠が見えてきた。 電車からの車窓もいいが、 ドライブの人にも言える道がつづく。 安芸幸崎駅に着いた。 ここで下車する。 これが駅舎。 向こうに幸陽船渠の門型クレーンが見える。 駅前風景。 駅は無人駅で、降りる時に電車内で車掌にキップを渡す。

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