フランケン シュタイン 本当 の 名前。 「フランケンシュタインが作り出した悲しき怪物は、いまだに作られている」

「フランケンシュタインが作り出した悲しき怪物は、いまだに作られている」

フランケン シュタイン 本当 の 名前

-ホリプロ- ミュージカル『フランケンシュタイン』を観た人の感想、評価、口コミ フランケンシュタイン観てから加藤和樹さんが気になって気になって仕方なくて「あ、リリイベとかしてるんだ」って思ったそばからメモしてる自分が怖い。 沼こわい。 フランケンシュタインのラスト、このまま怪物がビクターの血を吸ってふたりで一緒に怪物化して北極で共に生きていくやつか〜!?そんで歌って踊って大団円のハッピーエンドか〜!?最高か〜!?!?と思ったらそんなことはなかった。 あと、音楽もとっても壮大で、すごい好き。 特に二幕の闇の闘技場になってからの最初?の音楽が好き。 あの不思議な世界観にのめりこめれてすごい嬉しい フランケンシュタイン、原作だと怪物は怪物仲間が欲しくて博士を脅迫ストーキングするわけだけど、今日観たのはその経緯をすっ飛ばしてたから唐突感があったのかなあ。 2幕はもっとこう、何とかできたんじゃないか。 観劇回数を重ねるたびに、好きなシーン、泣けるシーンが増えてもっと観たくなるな。 今日、初めての1階席で2階席とは見え方が違って新鮮だったな。 日生劇場 フランケンシュタイン 終了。 結局のところ「人間と怪物 どこに違いがあるのだろう」というテーマと着地点がはっきりした話なのに、右往左往と意地悪く引きずりまわす、ねちっこい作品。 そのしつこさに感服した。 どうしてもこういう舞台を作りたかったんだなという想いが伝わるね。 小ネタ。 酒場で和樹アンリが私の奢りだと言った後、民衆 男 に取り囲まれてチューされそうになったりして「後で!後で!」と。 女子にもペタペタ体を触られてガードするのに必死なアンリ。 男女ともに、だんだん触り方に遠慮がなくなってませんか? 笑 柿澤verフランケンシュタインが楽しくて楽しくて……ミュージカルに歌はもちろん演技の巧みさが必要な時代が来て居るんだ!これがミュージカルだ、おりゃ〜!!と叫びたい気持ちいっぱい フランケンシュタイン、前半は切ない・・・と思いながら見たけど後半は怖さが強く、なんかもう主人公ボロボロって感じの辛い話であった。 でも面白かった。 セット綺麗だったなあ。 ビクターが韓国版より若い感じでどうかな?だったのですが、日本版の方が、ビクターの青臭さや天才ゆえの危うさがにじみ出てよかったです。 かっきーの歌もセリフを言う声も好きだなぁと再確認。 本当に素晴らしかった!!!!柿澤さんの表現力が凄すぎて言葉にできない…!ジャックの変態っぷりがもうたまらない!小西さんの怪物が……まさに怪演!怪物のときの小西さん格好良すぎてもう一度観たくなる! フランケンシュタイン観てきました。 ……面白かったけど話がしんどすぎる。 メンタルをざりざりと削られていきます。 後歌すごい。 フランケンシュタイン@日生 ナショナルシアターのが良かったので、観ない方がいいかな〜と思いつつも、濱めぐさまの声が聴きに。 最近のミュージカルを観ると世代交代感じるなぁと思ったりね。 フランケンシュタイン、終わって涙をふいて振り返ったら若い女の子や何人かハンカチを目に当てたままの子達がいた。 良かったよね。 いっぱいミュージカル観たけどこの感動は一番かも。 韓国発のミュージカルです。 良い疲れ。 年末のRENT以来の舞台。 演技と歌は良いけれど、曲とストーリーが好みとは違ったかな。 いい演目だけど、これはもう人の趣味。 最近のツボはやっぱ1789とデスノ。 デスノの再演楽しみね。 フランケンシュタイン。 Wビクターの印象。 柿澤ビクターは人懐こい雰囲気があるけど、中川ビクターは孤高の天才って感じ。 それが反転して、えげつない柿澤ジャックと、どこか飄々として見える中川ジャック。 中川ビクターは指を鳴らして指先で人を呼んだりするところからも傲慢な人と思われてそう。 割りと長めな場面を持たせるだけあるなと。 内容はミュージカル的には??なところもあるけど、ストレートプレイのお芝居としてみたらなかなか歯応えあって面白い。 気になるのはあの赤いバラ。 どんな伏線になってるんだろう。 まさか何の意味もなく舞台に置かれてるわけはないんだよね。 ミュージカル『フランケンシュタイン』を観た人の感想、評価、口コミ ずるい。 壮麻さんの演技、ずるい。 『フランケンシュタイン』では「ウッ……」とはなるものの今までなんとか泣かずにきたのに、幼い頃のビクターが死体を生き返らせることにのめり込んでいる様子を見つめる壮麻ルンゲが目を真っ赤にしているその姿が切なすぎて少し泣いてしまった。 ビクターの最後のスイッチを押したのはアンリで、首を使うことの完全な同意が成立していた。 フランケンシュタイン! カトリーヌと怪物の世界が好きでした。 さくらちゃんはシャルロットでしかなくてものすごく可愛かった。 ちびビクターの子好きだったな。 加藤和樹さんの儚さが印象に残る。 アッキーのジャック愉快すぎ。 朝隈さん大活躍で大満足。 最高や。 語彙力。 日本語。 フランケンシュタイン観てきました。 メロディラインが予想と反対側に進むので1回では残りませんでした。 一番すんなり歌っていたのは子役ちゃんかな。 1幕のストーリーと2幕のアイディアは中々だったけど如何せんドロドロし過ぎで脚本的には好みじゃない。 一幕のほうが驚きが大きかったけど二幕も素晴らしかった。 和樹が演じてるアンリは優しくて友達思いなのに凄く可哀想だから、これ観たら和樹のこと好きになると思う。 嬉しそうに水を飲むシーンが切なかった。 ただ関係性の変化をもっと丁寧に描いて欲しかったな。 生命の創造は禁断の果実。 まだ、整理がつかない状態です。 加藤くんお初でした。 凄い役者が出てきましたね。 アッキービクが凄いのはもちろんだけど、ジャック、好きです。 ヴィクターは役のために性格が表に出てこない面も多いので、ジュリアやエレンの曲が響きますね。 ヴィクターがどんな人間なのかを教えてくれるよい曲ばかりですし二人ともヴィクターを大事に思っているのが伝わってくる優しい曲です 余談ですが弟の平穏を願うエレンに王家の紋章でも似たようなシチュエーションが……と考えてしまったりはまめぐさんとあっきーの姉弟、夫婦なんて最強過ぎるでしょと考えてしまったりしました……戦争だって歌声で制圧できそう💪 ヴィクターにあえて撃たせこれが復讐だと息絶える怪物。 そしてようやくヴィクターは怪物をアンリと呼び、嘆き叫ぶ。 あのシーンでやっと、ヴィクターはアンリの二度と戻らない生、アンリの死を受け入れたのだなと思いました。 皆様素晴らしかったが特に加藤和樹への感動! あと子役ちゃん達すごかった。 和樹さんの怪物ですが四肢のアンバランスな動きが絶妙で!元はバラバラであったこと彷彿させます。 そして一幕が非常に優雅だったのでそのギャップに、ヴィクターだけでなく観客であるこちらもショックを受けました。 鬼気迫る演技でした。 似てないように見えて二人の根本は似ているのかなと。 だから生命の想像を確固たる意思で続けようとするヴィクターが、アンリには眩しく見えたのかもしれないです。 一幕、処刑が決まった時のアンリの表情が安心としたり顔。 計算通り、という複雑な表情で。 少し悪そうな顔をする辺りヴィクターの想いもわかっててのことなんだろうなと思うと切なくなります。 フランケンシュタイン かずきー、めっちゃいいかしれない。 2回目で前回より色々発見出来て、前回よく分からなかったところが、色々見つかった。 最後のシーンで怪物がずっと創造主と呼んでいたのを初めてビクターと呼んで。 気付いたら泣いてたわ。 あっきーヴィクターはひたすらかっこよかったです!所作、振るまいが大尉?のそれらしく堅く、厳しい雰囲気が伝わってきますしコートさばきがかっこよかった……対する和樹さんアンリは優雅で貴族のような佇まい。 物腰も柔らかい感じでヴィクターとの対も綺麗です。 フランケンシュタイン観てきました!今回はあっきーヴィクター、和樹さんアンリ!本作はNTLで見たことがあったのですが大まかな内容は同じでした。 ただミュージカルの方が時間のせいかだいぶわかりやすく描かれてる気がしました。 フランケンシュタイン アッキーはやっぱりスゴいな~😆 怪物は加藤和樹 彼は前に一度だけ見たことがあったんだけど、格段に上手くなってた!いろんな意味で でも、歌い上げの所がちょっと残念な感じで、もう少し💦と思ってしまった😅 これはキムちゃんも同じ…高音はまだ足りないかなー フランケンシュタイン最高だった👏👏最初っからずっと鳥肌やばくてほんと最高😂最高しか言えない😂😂 観てきました!フランケンシュタイン!素晴らしかったー! 和樹さん、凄いよ。 中川さんも濱田さんも、皆さん言わずもがなだけど…第二幕は、地獄でしかない…泣けたけど、カテコで、和樹さんの笑顔みて、中川さんとのハグみたら、涙止まらなかった…歌唱も演技もとにかく素晴らしかった フランケンシュタイン見た後、柿澤&加藤ペアで鑑賞済みのお姉さんと話していて「カッキーのほうがエキセントリック度が強かったよー。 カッキーは二幕の怪物に折檻するシーンで、ちんこしゃぶらせようとしたり、あの…お尻に挿入する素振りをしていたよ」と言われてジーンとなった。 最高じゃん… 『フランケンシュタイン』2回目観て来た。 前者は孤独な男の子と一番の理解者、後者は理想で繋がっている同士。 2回目のカテコからは握手して抱き合って…。 首の傷に愛しそうに触れたり、何かもー。。 幸せでした! フランケンシュタイン、楽曲が良かった。 そして和樹さまの怪物、悲し すぎる。 「フランケンシュタイン」は怪物の名前でなく創造主である博士の名前だ。 というのはシェリー専門の教授さんが掴みに使う常套句だけど、ここに幻想文学の本質があるわ。 つまり、幻想文学は「均質な秩序」が「異質」なものに犯されていく姿をオブザーバー越しに描く。 この作品でのオブザーバーは博士よ。 調子あんまり良くなくてぼーっと見てるくらいじゃないと、重くて観ていられない。 気がした。 フランケンシュタイン、一人二役の振り幅の大きさがすごい。 ヒロイン、声のトーンと表情はコロコロ変わっていましたが、なぜか心に全く響かず、... ハッキリ言って失望しました。 これだけ大きなエンタメ... ハッキリ言って失望しました。 これだけ大きなエンタ... ここに電話しても夢を砕かれるマニュアル対応をされるだけです。 ハッキリ言... 195,811件のビュー 0 件のコメント• 63,234件のビュー 0 件のコメント• 45,719件のビュー 0 件のコメント• 38,787件のビュー 26 件のコメント• 38,046件のビュー 1 件のコメント• 36,489件のビュー 0 件のコメント• 35,254件のビュー 0 件のコメント• 29,402件のビュー 0 件のコメント• 28,121件のビュー 0 件のコメント• 27,071件のビュー 0 件のコメント• 26,049件のビュー 3 件のコメント• 25,628件のビュー 3 件のコメント• 19,961件のビュー 19 件のコメント 「世良、昴さんもかっこいい。 終わりに全部持ってかれた感じ!」「蘭姉ちゃんは、やっぱり最強でした!」「沖矢昴の顔で赤井秀一の声で『了解』は鳥肌もの!」 【2014年4月19日 土 公開】 … 「イージス艦かっこいいな!海の名探偵だ!」「伏線がよい感じに回収されていくさまが見事でした!」「ラスト15分にハラハラドキドキ、そして涙!」 【2013年4月20日 土 公開】 青山剛昌 … 「コナン君やっぱサッカー上手いな!」「キングカズとコナンのシーンは胸熱!」「少年探偵団、大活躍!シンプルに感動しました!」 【2012年4月14日 土 公開】 青山剛昌の大人気コミックを … 「『言葉は刃物なんだ』っていうセリフ印象深い!名言!」「驚異の身体能力だぜ、コナン!」「唯一主題歌が流れた途端に涙した作品!」 【2011年4月16日 土 公開】 人気コミックの劇場版 … 「二転三転する展開とアクションに次ぐアクション!」「キッド好きにはたまらん。 緊迫感あり、テンポもいい!」「コナンとキッドの組み合わせも好き!」 【2010年4月17日 土 公開】 少年探 ….

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モンスターのフランケンシュタインは、名前がないのでしょう...

フランケン シュタイン 本当 の 名前

「はぁーマジありえねー」 深い不快なため息と共に黒煙が溢れた。 『どうしたの』 「聞かなくても分かってんだろ。 死神様の息子だ」 『あぁ…』 俺の座るソファーの視線の先には薬品棚。 その中はホルモン漬けばっか。 相変わらずキモイ趣味してんのな、コイツ。 視線をずらせば机に向かって熱心に「研究」を続ける頭にネジを刺した白衣の男。 同期のフランケン=シュタイン。 『名前、キッドだっけ?』 名前?なんの。 そう口にしたシュバイにシュタインは疑問も持たず「死神様の息子の名前」と答えを返した。 「ぁ?……そうだったか?まー知らん」 『それはそれで酷いね』 「俺は良き行いした奴しか覚えねー」 『あはは。 笑える冗談だね。 シュバイが覚えてるのは都合の良いやつだけでしょ』 「お前は同期なだけあって分かってんのな」 ひとしきり笑うと、シュバイの機嫌も良くなったらしく煙草の煙で0を吹かせてニヤリと含み笑い。 『そりゃ一緒に居る時間が長いからね』 「今はハルバードの次席になってっけどな」 『武器には勝てないって事?』 「まぁな」 煙草を灰皿に押し付けると同時に、逆手で既に次の煙草を箱を上下に揺らして飛び出させた。 ハルバードってのはシュバイの武器で鞭。 普段は猫の姿。 任務に勤しんで出張だらけのシュバイがデスシティや同期よりも武器と行動時間が多いのは当然。 けれど。 『デスシティーでシュバイとハルバードが一緒だったトコ見た事ないけど?』 「…ぁー」 珍しく本人にも自覚はあったらしい。 「煙が嫌だっつって任務中しか一緒に居ねぇ」 『夜は?』 「部屋が汚いって文句言いやがって外泊だ」 『外?』 「あーそれこそ死神様のトコで寝てるって言いやがった」 『賢いね、ハルバード』 死神様の所だったらそれこそ自由に出来そうだ。 「主人に似てな」 『…それは同意出来ないねー』 「……あっそ」 主人は賢くないでしょ。 悪知恵に関しては天才的って言っても良いと思うけどね。 そう口にしようとして、止めた。 変わりに… 『これあげようか』 「あ?」 シュタインが大きな弧を描いて物を投げると訝しげにシュバイは受け取ったソレを見た。 シュタインはクスクス笑ってコーヒーを片手にシュバイの元に歩み寄る。 シュバイが開いた手中には… 「お前本当、こういうの好きだな」 手の中には小さく丸められた白骨。 このサイズだと大の男の中指の白骨か? それをジロジロ見ていて、ふと思う。

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ワイン生産地域フランケン:伝統をモダンに

フランケン シュタイン 本当 の 名前

1.最低限必要な情報 論文とは、著者の研究成果がまとめられている文章です。 その研究内容を分かりやすく他者に報告することを念頭に置いて、要約を書く必要があります。 要約する上で必要になる(盛り込んで欲しい)情報は、次のようなものです。 その論文で論じるテーマ、もしくは扱う問題の説明(具体例を挙げて) 従来の研究が不十分/間違っているという根拠 従来の研究に代わる筆者の分析/主張(立脚する理論や分析手法の紹介も) 筆者の分析/主張を支える根拠/証拠/具体例 それ以外に何か特筆すべきこと 要約レポート(書評など)を書く際には、できればは第一段落に書いてくれると分かりやすいです。 第2段落以降は、について詳細に紹介してくれればいいです。 ただし、上記の内容が全ての論文に書いてあるとは限りません。 無ければ書かなくて結構です。 については、例えば「筆者に主張に対して予想される反論を想定し、筆者がそれに先回りして答えている部分」かもしれませんし、「筆者の主張が言語理論全体に及ぼす影響について論じている部分」かもしれません。 一概には決定できませんが、上記~のどれにも当てはまらないけど重要と思われるものについてもまとめて下さい。 (要約者による批評でも構いませんが。 ) 2.自分の言葉で 論文中には難しい表現がよく使用されています。 中には、表現自体が難しいというよりも、それ以前の問題として論文の中身が分からないという場合もあるでしょう。 こういう場合によく行われるのが、本文の「切り貼り」です。 自分の言葉を使わず、論文中の表現(つまり筆者の表現)の中から重要そうに見える部分だけを切り取って、それらをつなぎ合わせて文章を作るという手法です。 これは、現在の受験勉強重視型の学習がもたらした最大の弊害です。 たとえ部分的とはいえ、著者の文章(=著者の思考が言語化されたもの)をそのまま書き写すことは、著者の思考を理解できていなくても出来る盗作であり、自分で思考することを極力避けようとする非生産的な行為です。 そんなことばかりやっていれば、読解力/表現力の著しい低下を招くであろうことは火を見るより明らかです。 「理解したふり」をするには最良の手法なのですが(だから大学受験テクニックとして多用される)、そんな「ふり」をいくらやっても、本当の理解に達することはありませんし、自分の実力が伸びることもありません。 さらに問題なのは、文章の全体像を掴む練習も出来ていないことです。 受験勉強では、部分点を稼ぐためにキーワードを切り貼りしただけの文章が推奨されますが、そうやって作った切り貼り文章は、局所的には綺麗な文になっているのですが、全体を通して見ると繋がりの悪い不自然な文章になっているものが多く見られます。 つまり、「木を見て森を見ず」になっているのです。 もしくは、様々な人体部位を寄せ集めて作ったフランケン・シュタインのような文章といっても良いでしょう。 このような文章作成ばかりやっていると、携帯メールのような短い文章しか書けない人間になってしまいます。 大学生の間に本物の実力を身につけたいのであれば、「なんだかよく分からないから、筆者の言葉をテキトーに切り貼りしとけばいいや」と考えるのではなく、「よく分からないままだと要約も書けないので、もっとよく理解できるように努力しよう」と正攻法で考えてください。 そして、なるべく自分の言葉でまとめる癖をつけて下さい。 受験で部分点を稼ぐための勉強法では、就職に必要な実力は身につきません。 パソコンのことが分からなくて売り場の店員さんに質問した時に、パンフレットにも書いてある言葉と同じ説明がそのまま返ってきたら、客はどう思うでしょう? 自分が真に理解していなければ、相手に理解してもらうことも不可能なのです。 3.セクションの区切りに惑わされるな! 論文はどれもセクション(節)ごとに分かれていますが、その分け方に従って要約を書かなければいけないというルールはありません。 長い文章であれば、セクションごとに区切ってないと読みにくいものになってしまいますが、要約のような短い文章では、区切る必要はありません。 段落を改めるだけで十分です。 (ただし、要約文を箇条書きにするのはやめてください。 ) セクションを区切るのが、かえって危険なこともあります。 というのも、自分で考える意欲と気力と能力のない人ほど、論文のセクションの区切りをそのまま要約の段落に流用してしまうからです。 論文と同じ分け方で要約を書くということは、2節で触れたことと重複しますが、「訳も分からないまま、筆者の表現を流用すること」と同じです。 筆者の書き方をそっくりそのまま真似るだけではいけません。 何故そのような構成になっているのか自分で考えてみましょう。 そして、自分の中で論文のストーリーを再構成してみましょう。 (その際に役立つのが1節で挙げた5つの視点です。 ) セクションを区切ってしまうと、「とりあえず、このセクションだけをまとめればいいや」という安心感が出てくるのも事実です。 長い文章を要約するより、短く区切った方が要約はしやすくなります。 しかし、それでは論文の全体を通しての流れみたいなものが感じられなくなってしまい、結果的に「でたらめに散乱しているパズルのピース」を見せられたような印象を受けます。 例えばTVドラマ化されて有名になった『ドラゴン桜』を例にとって考えてみると分かりやすいでしょう。 TVでは毎回45分のストーリーに区切られていましたが、それらのストーリーを1ずつ要約したものを全11話分並べても、『ドラゴン桜』の紹介にはならないのです。 ではどうすればいいのか? Wikipedia(2007年5月2日現在)には以下のような紹介文が掲載されていました。 桜木は学校の経営状態を良くするためには進学実績、それも東大の合格者数を上げるのが手っ取り早いと考え、落ちこぼれ生徒を東京大学に合格させるために特進クラスを開設。 そこに以前から受験指導に大きな実績を上げつつも、いろいろな事情で表舞台から消えていた個性溢れる教師を集める。 一方で元々同校に在籍していた教師に対しては大規模なリストラを実施したため、当然のごとく教師からは反発する声が挙がる。 果たして建二の思惑通り、落ちこぼれは東大に合格し、同校は立ち直ることができるのか…? 」 物語の紹介なので、さすがに結末(論文では結論に相当)は書いてくれていませんが、それ以外は非常に参考になりますよね。 「なぜ弁護士の桜木が教師をやっているのか」、「桜木は何をしようとしているのか」、「それをするにあたり、どんな方法を採っているのか」、「それをするにあたり、どんな困難が生じるのか」など、ストーリー全体にかかわる内容がちゃんと盛り込まれています。 各エピソードの紹介ではないのです。 これは論文でも同じで、局所的に要約してもあまり効果がありません。 『ドラゴン桜』が全体を通して「大きなストーリー」になっているのと同様に、論文のストーリーをつかみ取ってください。 (そのために、冒頭で挙げた5つの点を常に考えながら読みましょう!) 4.TVのスポーツ解説者になれ! 要約する人は、筆者と読者の間に立って、読者に解説しなければいけません。 しかも、その本や論文を読んだことがない読者に対して説明するつもりで書かなければいけません。 その意味では、スポーツ中継の解説者に似ています。 野球の解説であれば、「ピッチャーが何故カーブを投げたのか」や、「どうしてこの場面で送りバントの指示が出たのか」などを視聴者に分かりやすく解説してくれますよね。 (私が授業で皆さんに解説しているように。 ) 本当に良い書き方がされている論文は、そのような筆者の意図がかならず論文中に書いてあります。 全く書かれていないものは無いはずです。 あるとすれば、それは論文ではなく小説でしょう。 小説のような物語では、登場人物の意図を解説したりしません。 (だって、それをいちいち言葉で解説してしまったら、読者が自由に解釈・想像する権利を奪うことになって、小説がつまらなくなってしまいましからね。 ) 小説(物語)の話が出たところで、ちょっと視点を変えてみましょう。 先ほどの『ドラゴン桜』も物語なので、これを例にとって考えてみましょう。 論文を要約するという作業は、『ドラゴン桜』を一度も見たことがない人にストーリーを教えてあげる作業に似ています。 つまり、単なるエピソードの紹介を11回分やるのではなく、このドラマの背景となる知識(「なぜ弁護士の桜木が教師をやっているのか」、「桜木は何をしようとしているのか」、「それをするにあたり、どんな反発があったのか」、「結果的に、それは成功したのか」などの情報)を教えることが必要になります。 「どうしてあの場面で直美(長澤まさみ)が怒ったのか?」と説明するためには、「彼女は主人公とは幼なじみで、密かに彼のことを想っている。 でも主人公にはカノジョがいて、、、」という情報も必要になるでしょう。 そのような背景は、内容を理解する上で必要不可欠な情報であり、それを知らないままストーリーを完全に理解するのは不可能なのです。 ストーリーを解説するわけですから、全体像を紹介することも忘れてはいけません。 例えば、要約の冒頭で、「この論文は~~について考察しており、その原因は~~だと主張している。 以下、この流れに沿ってまとめる」といったまとめ方をすると、要約を読む人にとっては、非常に分かりやすい文章だと感じるでしょう。 このとき、「以下、この流れに沿ってまとめる」という表現が重要な役割を果たします。 これは、要約文がどういう構成になっているのかということを予告する表現であり、読者にとっての「道しるべ」となるからです。 こういった表現があると、読者にとっては心の準備をすることができるので、より一層理解が進わけです。 5.主客の分離を! 最後になってしましましたが、 これは私が一番強調したい点です。 これは2~4節で述べたことと半分重複しますが、非常に重要な点です。 これができるかどうかで、大人らしい文章になるかどうかがきまってしまうと言っても過言ではないでしょう。 それは、筆者とは別の視点、つまり第三者の視点から要約を書くということです。 例えば、論文中でよくこんな文を見かけます。 それは、「~~~という視点から考察する」、「~~~について考えてみよう」、「~~~に他ならない」、「~~の理由は~~なのである」等々。 これらの表現は、実際に考察した本人、つまり論文の著者が使用するのであれば問題ありません。 しかし、これらの表現をそのままコピペして要約を書いてしまうと、まるで要約者が考察したような印象を与えてしまうので、決して要約では使用してはいけません。 要約者は論文著者の考えたことを要約しているだけであり、自分で考察したり分析したりしたわけではないからです。 筆者の言葉をそのまま切り貼り(コピペ)するだけでは、まるで著者本人が要約したような文章になってしまうので、第三者(=要約者)の存在が消えてしまいます。 これでは内容を客観的に読者へ伝えることが出来なくなります。 論文著者とは違う、第三者が要約して読者へ報告しているというニュアンスをきちんと出すためには、次のような表現を使用して下さい。 例えば、「筆者は~~の問題に対して、~~の視点から分析を行っている」とか、「従来の~~分析では不十分であるとし、代わりに~~という分析を提案している」、「~~を説明するために、~~の例が使用されている」、「~~を主張するために、3つの具体例が挙げられている」、「以上のような主張を行うにあたって、著者は3つの具体例を出している」等々。 (ただし、全ての文をこうやって各必要はありません。 あまり頻繁に使用し過ぎると、文体がワンパターンになってしまい、非常に不自然な文章になってしまいます。

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